day 30-1 マドリードからアフリカを目指す
夜明けのマドリード=バラハス空港。
このブログでは、こまぎれ世界一周を行程順に書いているのですが、実はここから先の旅は2018年の夏に行ったものなのです。たまたま諸事情で長い休みを取ることができたので、学生時代にヨーロッパは何回か旅をしていたこともあり、2週間かけてマドリードからアフリカ大陸は最東端のダカールまでの道のりを先に行こうと。
その時はまだコロナでしばらく旅に出れなくなるとも思っていませんでした。(当然)
ということで、ここからの旅は2018年現在のものになります。なので記載の日付から6年前ということになりますので悪しからず。

夜明けの空港から、早速バスに乗り、まずは列車の出発点、アトーチャ駅を目指します。
まだ車通りもまばらな幹線道路をまっすぐ市内へ。
約1時間弱でアトーチャ駅に到着。飛行機の遅延とか色々気にしていましたが、予定通りの時間で到着しました。
そう、アトーチャ駅といえば、この駅の真ん中にある植物園。
この後、2024年になってようやくベルリンからマドリードまで繋いだ時に再びここにやってきます。(day 29参照)
さてさて、今日は、スペイン内陸部のマドリードから一気に南下、地中海を渡りアフリカ大陸のスペイン領セウタ、そして、モロッコに入り、あの、青い街、シェフシャウエンまで一気に向かいます。
ということで、まずはアトーチャ駅から、地中海を渡るフェリーの出発する港町アルヘシラスまで向かいます。
上野駅みたいに2階建でホームのある複雑な構造。いや、間に合ってよかった。実はアルヘシラスまで直行の列車は1日2本。これを逃したら、チケット買い直して高速鉄道でもう一つのフェリーの出る港町マラガに向かおうかどうしようか、なんて考えていました。
アルヘシラスまでの列車は「Altaria」。モスクワからベルリンまで乗った列車に似た感じ。そう、これもTalgo製のフリーゲージトレインです。スペインは在来線は広軌、高速鉄道は標準軌になっています。アルヘシラスまでは、途中のAntequera-Santa Anaまで高速線で、その後在来線を走るので、途中でゲージを変える必要があるのです。
スペイン国鉄Renfeは、イメージ的に遅れそうな感じがする(失礼)のですが、結構正確。定時に発車しました。
ドン・キホーテで有名なCiudad Realを通り、時折現れる街を眺めながら、スペイン内陸の丘陵地帯を快調に列車は進みます。
しばらくすると、Antequa-Santa Anaに到着。高速鉄道から在来線に切り替わる駅です。周りには何も見えず丘が連なるだけの駅。
ですが、
あの、ちょっと見える白い建物、あれがゲージを切り替える場所なのです!この先は広軌。日本では在来線の方が軌間が狭いですが、スペインは逆。
ここまでマドリードから3時間弱、5時間半の列車のほぼ中間ぐらいなのですけど、距離的にはおおよそもう8割近く進んだところ。ここからはだいぶゆっくりになりそうです。
ということで
隣のビストロカーでお昼ご飯を。
アンダルシアの村が時折見えるのどかな風景を進みながら、
午後2時過ぎ、定刻より20分ほど遅れて港町、Algecirasに到着しました。
ああ、程よく暑くて、オレアンダー(夾竹桃)が映える素敵な街。
しかし、、、お店がみんな閉まっています。
それもそのはず、スペインはシエスタの国ですよね。だいたい14時から16時か17時まではお休み。ちょうどこの時間はお休みですね。仕方がない。
時折空いているカフェやレストランもあったりしながら
散策しながら港のところまで出てきました。
この奥にフェリーターミナルがあるはず。
ああ、見えてきました。
地中海を渡るフェリー会社はいくつかあり、それぞれカウンターが出ていますが、今回は大手の一つBALEARIAの船がちょうどいい時間であったのでこちらを選択。
16時発のAVEMAR DOS号です。
地中海を渡りアフリカ大陸に入るわけですが、アフリカ大陸側の街セウタはスペインの飛び地なので出国もなく、そのままフェリーに乗り込みます。

いわゆるカーフェリー、車も乗り込みます。
船内は広くて快適。揺れは、まあ、そこそこ。流石に東京湾フェリーのようにはなりません。
沢口靖子さんに似ている女優さんのドラマをぼんやり眺めながら。
外に出るとジブラルタルが見えました。みんなも見てる。ちょっと雲がかかっていて上の方は見えませんでしたが。
アルヘシラスを出航してわずか1時間で対岸のセウタの街が見えてきました。ついに、アフリカ大陸にやってきました!
実はアフリカ大陸はこれまで一度も足を踏み入れたことがなかったので、何やら感慨深いですね。
うん、スペインの国旗がたなびいています。
セウタは、歴史を紐解くと長いのですが、スペインの海外領でもなくて自治都市として本国の一部とされ、EUの一部になります。なのでここはまだシェンゲン圏ですし、スペイン本土と同じく難民申請もできる。
それゆえに、ここ最近のサブサハラアフリカ諸国からの移民がまず目指す土地ともされ、国境を越えようとする移民と国境警備隊との間で衝突が発生したこともありました。
セウタからはモロッコに入り、シェフシャウエンを目指します。
※きょうの移動距離は次のページで。
day 29 ガウディとオリーブオイルとスーツケース
バルセロナの朝。昨日肉離れを起こした右足は変わらず痛むものの、歩けないほど、では、ない、、、。って感じ。
バルセロナではどうしても見ておきたかったものがあるのです。
地下鉄に乗って向かった先は、そう、Sagrada Familliaですね。サグラダファミリア駅で降りますと、、、地上に出たら、おお!

眼前に聳えるサグラダファミリア!
予約をしておいたので、左側、生誕のファサードの方の入り口から入ります。
そう、そしてこの塔に登りたかったのですよね。雨が降ってしまうと危険なため上がれないのですが、この日はちょっと小雨の予報。ドキドキしながら向かったのですが、幸運にも晴れ間も出てきて登ることができました。エレベーターで上がります。

わお!
生命の木、イトスギに止まる鳩。イトスギは腐敗しないものとされ、永遠の象徴と言われています。そのイトスギが手の届くぐらいの距離に!そしてその先にはバルセロナの街並みが。
まさに今、完成に向けて建設が続けられているところ、貴重な彫刻たちも目前に、そして街並みを一望と、ああ、登ってよかった。
螺旋階段を降りて下に向かいます。うん、一歩一歩降りれば降りれる感じ。
ああ、美しい。
何というのでしょう、ステンドグラスも美しいのですが、そこから入った彩られた明かりが、柱や壁の陰影と組み合わさって何とも幻想的な世界を作ります。美しい。いつまでも居たくなってしまいます。
受難のファサード側から出て、他のガウディの建築も観にいきましょう。
この曲線を設計したのもすごいですけど、
明かりの彩との組み合わせが、素晴らしいですよね。
ガラスの使い方とか。
何だろう、ただ綺麗なだけではなくて、生命を感じるような、瑞々しさを感じるような。都市の中にあって、生命や水の流れや、街の中には必ずしもないものを取り込むような。
何とか痛む足を騙しながら色々見て周り


再びバルセロナ=サンツ駅に戻ります。

AVEに乗り、次はマドリードへ
スペインの穀倉地帯を走り抜け

約3時間弱でスペインの首都、マドリードに到着です。

このマドリード=アトーチャ駅は、実は、5年前に来たところ。この駅のど真ん中にある植物園が目印です。
実は、5年前、ちょっと長めに休みを取ることができたため、ここマドリードからアフリカ大陸の最東端、ダカールまでの旅をしているのです。
したがって、ここに来たことにより、実はこまぎれ世界一周は、この時ユーラシア大陸とアフリカ大陸にまたがる世界一周の半分を達成したことになるのです!
このブログでは、実際の時系列とは別に行程順に書いているので、半周の感想はダカールについた時に書きましょう。
さて、実際には感動もひとしきり、珍しく頼まれていたお土産を買いに行きます。
近郊電車に乗って市の中心部へ。
買うものは、本場スペインのオリーブオイル。しかしこの旅、極力軽装で進むため、荷物は機内持ち込み用のトートバック一個に全部詰めています。それだとオリーブオイルは液体なので持ち込めない、、、そこで。
(1)まず、スーツケースを買う
(2)そのスーツケースにオリーブオイルやらお菓子やらを買い込んで詰める
(3)それを預け荷物にする
という作戦に。ちょっと足も痛みが和らいできたような気がするので、ゆっくり市内を巡っていきます。

街の広場はクリスマス。
中心部のSe広場では一際大きいツリーがあり、多くの人で賑わっていました。



さて、スーツケースも買い(これは今も便利に使っています)、オリーブオイルも詰め込み、お菓子も買い、今日泊まるのは明日早朝出発なので空港近くのホテル。
再び電車に乗り。
深夜の空港駅につきました。
ホテルで一眠りした後、まだ暗いマドリード=バラハス空港から日本に帰るのでした。

【今日の移動距離】630km(高速鉄道は時間の割には距離が出る)
【累計】17,010km
▼今回のコース
▼これまでのコース
day 28 パリといえば…

さて、今日はパリを散歩していきます。朝の7時過ぎ。きのうほとんど人がいなくて少し怖かったパリ東駅から。
フランスといえば、やはりヴェルサイユ宮殿でしょう、ということでパリから西へ約20km、ヴェルサイユを目指します。

RER C線で行けるというので、まずは地下鉄でサン・ミシェル=ノートルダム駅に。地上に上がるとノートルダム寺院が見えます。この時期パリの朝は遅い。やっと少し明るくなってきました。

時にこの日何とストライキとのことで、列車が間引き運行されるとのこと。ちゃんと行けるのかな、、、。というのも、ヴェルサイユ宮殿の入場は時間指定予約が必要なのです。
お、いいじゃん、15分ちょっとで来るじゃない。と思ったのが、のちに大きな間違いに気がつくのでした。

しばらくして地上に出て、駅名に目を凝らしてみると。。。「Choisy-le-Roi」えーっと、Google Mapで見てみると、あれ?西に行かないといけないのに、南に行ってないか?
はい、RER C線というのは、1つの線というより、投げ縄のような大きな環状のような感じになっていて、その逆向きに乗っちゃったということですね。

内装もヴェルサイユ宮殿バージョンになってて、絶対間違い無いと思ったのに。

仕方がないのでパリの郊外を満喫しながら、結構な時間をかけて
やっとこさヴェルサイユにつきました。

しかも宮殿から遠い方の街の中心部の方。
てくてく歩いていくと。。。

おお、あれは!

ヴェルサイユ宮殿に到着しました!



まあまあ、それはそれは、豪華で、ああ、この時代の世界の中心だったんだなあ、とおもってみていましたが、一番気になったのはこの人のお部屋。

マリー・アントワネットです。ベルばらの印象で、奔放で贅沢を極めたイメージがあります。
食べるパンもない市民の生活に対して、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と言ったとかいうのが有名ですが、あれは事実ではないらしく、浪費家ともいわれる彼女ですが慈善家の側面もあり、なかなか複雑な人物であったようです。
そのお部屋も

これがなかなかにシンプルなお部屋。フランス革命で処刑されてしまう彼女ですが、その実際は、後世に伝えられるイメージとは結構違うのかもしれませんね。

さて、再びパリ市内に戻って、、、と思い時計を見ると、お!パリ行きの電車がもう直ぐ出そう。急ごう!と思って横断歩道を小走りに渡ろうとしたその時!!
「ブチっ」という感覚が右足に、そして激しい痛みが、、、。何と肉離れを起こしてしまったよう。。。
これは、、、こまった・・・
マリー・アントワネットの呪いか、、、(アントワネットが身につけていたダイヤを所有した人々に不幸が続いたという伝説ですが、これも実は事実ではないそう)
痛む足を、上に上げておくと良いというので車内で少し上げつつ、、、うーん。まあ、何とか歩けるは歩けるかな、、、せっかくだから、ということで

エッフェル塔と(上に上がるのは諦めた)

五輪の開会式をやるセーヌ川を見ながら、

バスに乗って

凱旋門を見て(上に上がるのは諦めた)

なんとかリヨン駅まで辿り着きました。

お。ディズニーバージョンのTGV。
これに乗り、一路フランスを南下、スペインのバルセロナまで向かいます。

うーん。足痛いけど、じっとしてるとそれほどでも。

フランスの緑の大地を時速270kmぐらいで進みます。

いよいよ地中海沿岸の綺麗なところに来たような気がするけど、もう真っ暗で何も見えず。


よる9時半、Barcelona Sants駅に到着しました。
ああ、さっさとホテルに行って足を休めなければ。。。ということで、

いろいろなことのあった今日1日を締めくくりました。
痛み止め、持ってきていたよな。。。
【今日の移動距離】1090km
【累計】16,380km
day 27(2) 世界最古のクリスマスマーケット、そしてパリへ
ほぼほぼ定刻、わずか8分遅れでフランクフルト中央駅に到着。
ここからはパリまでのICEに乗り換えますが、幸いちょびっと時間があるので、、、
駅を出て、クリスマスマーケットをのぞきに行ってみましょう。中央駅もクリスマスが近いからか美しいイルミネーション。
ドイツでは街ごとにクリスマスマーケットが開かれると言いますが、その中でも1393年から続く世界最古(実は世界最古といわれるのは5つぐらいあり諸説あるのだが)にして最大級と言われるのが街の中心、レーマー広場で開かれるクリスマスマーケット。
中央駅からは歩いてもトラムに乗っても行けますが、乗り継ぎの時間でもあり、地下鉄(U-Bahn)で向かいます。レーマー広場駅で降りて地上に出るともうお店が並び、期待に胸が膨らみます。
そこし歩いていくと、、、
おお!これこそイメージ通りのドイツのクリスマスマーケット!
数々のお店というか屋台と、メリーゴーランド!その向こうには切妻屋根の旧市庁舎が。みんな思い思いにクリスマスの飾りを買ったり、飲んだり、食べたり。
せっかくなのでホットワインを頂いちゃったりします。
とはいえ、乗り継ぎの合間なのであんまりゆっくりしている暇もなく。再びU-Bahnに乗って中央駅に戻ります。
さて、パリ東駅行きのICEは18時56分発。
フランクフルト中央駅=パリ東駅の間はICEとTGVがそれぞれ乗り入れて運行していて、コードシェア便みたいにどちらでも切符も買えるのですが、このICE/TGV 9550列車はドイツ国鉄の運行。ベルリンからここまでのICEとちょっと違う丸みを帯びた車両です。
定刻通りに出発。夜の闇の中を一路パリへと向かいます。
ドイツ最後の街ザールブリュッケンを過ぎると、フランス最初の街、フォルバック(Forbach ドイツ語読みだとフォルバッハ)に到着。ザールブリュッケンとはほぼ一体の街を形成しています。
フランクフルトから約4時間の旅を経て、ついにパリに到着。

何とこの日パリ東駅に到着する最後の列車のようです。駅の中は静かで、、、
静かすぎて、人もいなくて、ちょっと怖い。怖いちゃ怖いんだけど、本当に誰もいないので安全と言えば安全のようなそうでなさそうな、、、
思えばパリなんて大学生の時に来た以来なんじゃないだろうか。
本日は、夜遅くなっての到着であることはわかっていたので、駅に隣接するホテルをとっていたのでした。
案内に沿っていくと、、、
本当にここでいいのか?金網で区切られたヤードみたいなところに。工事中ってことなんですかね。人気のなさと相まってちょっと不気味。
しばらく歩いていくと、確かにありました。やれやれ。
明日は、パリといえば、ベルサイユのばら。ベルサイユ宮殿!ベルサイユに向かいます。
【今日の移動距離】1300km
【累計】15,290km
day 27(1) 再びのベルリン
以前のこまぎれ世界一周から相当の時間が過ぎ、新型コロナで分断された世界も再び旅ができるようになりました。5年ぶりのベルリン、前回のテーゲル空港はもうなく、ブランデンブルグ新空港が開港していました。
そして、かつてモスクワからの列車で到着したベルリン・リヒテンベルグ駅から再び旅を始めたいと思います。
この日のベルリンは雪。積もることは珍しいというのだけれど、この日はなかなかの大雪でした。
今回もDDRの史跡をいくつか。まずはリヒテンベルグ駅から近い、シュタージ博物館。シュタージ(STASI)は東ドイツの秘密警察でした。この建物、見たことがある人は実は多いかも。SPY FAMILYの「保安局」(ヨルさんの弟が勤めている秘密警察)は、まさにこれ。ほぼ同一です。
国家評議会議長だったホーネッカーと、長年国家保安大臣を務めたミールケ。
当時の執務室などと、資料が残っています。
界隈の方には有名なエレベーター「パーテルノステル」もあります。
さて、雪道を次のポイントに移動します。
次は、トレーネンパラスト。日本語に訳すと「涙の宮殿」です。センチメンタルな響きですが、これはかつての東西ベルリンの国境検問所。西から東を訪れることは可能だったのですが、東の住民は西には行けない。東の人はここで西に帰る親戚や友人を涙ながらに見送ることしかできなかったため、涙の宮殿と呼ばれた、ということです。


中は、当時の様子が再現されていたり、当時の標識や証言などが展示されていたりと、東西に分断されていた時代を体感できる博物館になっています。
この細い中が見えない出入国審査ブース、共産圏特有ですね。かつてこの旅を始めた時のウラジオストックの入国審査もこんなでした。で、ものすごく暗くて怖かったのを思い出します。
ベルリンには現代史に関心のある人にとってはまさに激動の中心地。体感できる場所が多くあり、さまざまなことを考えさせられます。
U-Bahnでブランデンブルグ門へ。
ここにこないとベルリンに来た感じがしません。改修工事が真っ盛り。
雪の中をベルリン中央駅(Berlin Hauptbahnhof)へ。
さて、次の目的地へ向かいましょう。
チューリッヒ行きのICEに乗って、フランクフルトを目指します。ICEというかドイツ国鉄はは遅れるとか何とかこの所評判が悪いのですが、幸いにもこの列車はほぼ定刻に出発。
どうにも雪深くなってきたので、この先がちょっと心配です。速度もどうにもゆっくりな気もする。。。
ライプツィヒで方向が変わります。やや遅れ気味になってきました。とはいえ、ヨーロッパはやはり社会システムがちゃんとしてるというのか、圧倒的に旅しやすいですね。何だか雪が降っていても、遅れても、それでも安心感があります。
幸い、ライプツィヒからはさほど遅れず、フランクフルトにはやや遅れで到着できました。フランクフルトはクリスマスマーケットで有名な街。
乗り換えするだけでは寂しいので、少しクリスマスマーケットを覗いてこようと思います。
day 26 ベルリン、DDR、そして歴史の足跡
ベルリンの朝。きょうもベルリンを散歩します。
使ったのは、mobike。実はこれ、全く同じものを中国で見ていたのです。どうやら中国のシェアバイクがベルリンに進出していた模様。しかも同じアプリでそのまま利用することができました!
休日、まだ朝の人気の少ないベルリンを快調にサイクリング。
ブランデンブルグ門からティアガルテン。ベルリンの壁が崩壊した時の熱狂的な光景は当時、子供心にも強く焼きついていますが、打って変わって静かな朝の風景。
ここから歴史をさかのぼってみます。
まずは、DDR博物館。

東西に分かれていたドイツの東側、いわゆる東ドイツの正式名称は Deutsche Demokratische Republik(ドイツ民主主義共和国)。この略称がDDRでした。当時の東側の生活を集めたのがこの博物館です。
有名なトラバントのカタログ

中にも乗れます
子供の制服のカタログ
再現された保育園。当時の東側というと暗く姿の見えないイメージがありましたが、やはりその中にも人の営みがあって、普通の幸せがあったんだろうなとつい想像してしまいます。
当時のアパートのリビングを再現

その一方で、秘密警察の盗聴・監視部屋の再現なんてのも
続いては、少し前に戻って、占領されたベルリン時代に。
チェックポイント・チャーリー。当時西ベルリンと東ベルリンの間に存在していた検問所です。今は観光名所になってのどかな光景ですが。

さらに時を戻して、、、
この無機質な建物と空き地はなんでしょう。
かつてのナチスの権力維持装置と言える「ゲシュタポ」「SS(親衛隊)」の本部のあったところ。現在は”Topographie des Terrors”(テロのトポグラフィー)として、ナチス時代の記録を展示した資料館として一般公開されています。無機質な建物、何もない空き地は、歴史への論評や評価を排除して中立的に当時の記録を事実として見せていくという一つの表現になっています。
ベルリンには、また、もう一つホロコースト記念碑(Denkmal für die ermordeten Juden Europas:虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑)という場所もあります。
およそワンブロックに敷き詰められた、無言を象徴するかのような無機質な直方体の並ぶ場所です。物言わぬ恐怖に押しつぶされる時代を象徴するような2000以上の石碑。
現在からDDR、そして恐怖の時代へ。わずか100年も経たないうちにそれらを経験した都市、それがベルリンなのだと改めて理解しながら、それらの記憶を忘れ去ろうとする他の都市のありように思いを馳せてしまいました。
【今日の移動距離】0km 【累計】13,990km
▼今回のコース
▼ここまでのコース
day 25 いよいよベルリンに到着、夜はベルリンフィルに!
目がさめると時刻は午前5時半。個室ごとに配られている時刻表を見るとポーランドのPoznanとドイツとの国境の町Zhepinの間のもよう。
窓の外を見ると、低く朝靄がかかる幻想的な光景が広がっていました。
午前5時49分、定刻通りポーランド最後の駅Zhepinに到着。
貨物ヤードには「中欧班列」と書かれたコンテナを満載した列車が停車中。「一帯一路」政策の一環として、現代のシルクロードとして中国とヨーロッパを結ぶ列車を多く走らせている中国。ユーラシア大陸を横断する大きな物流が生まれつつあることを感じる瞬間です。
列車はオーダー川を越えてドイツに入り、Frankfurt (Oder)に到着。同じフランクフルトはフランクフルトでも、国際空港のあるフランクフルトとは別物です。時刻表を見ると、ここからベルリンまで1時間とちょっとのはず・・・が、切符を見ると到着予定時刻はここから2時間後。
どうやら工事か何かかの事情で迂回をする模様。列車はFrankfurt (Oder)からベルリンに直行するのではなく、一旦ドイツとポーランドの国境をコットブスCottbusに向けて南下。
どうやら到着までは時間があるようなので、朝食を食堂車に食べにいきます。
ゆったりとした食堂車で朝食をいただきます。ドイツらしく味はしっかり。
列車はコットブスから向きを北西に変え、ベルリンに向かいます。
通常の列車のベルリン到着時刻をだいぶ越えた午前8時すぎ、第三軌条(集電レール)のある線路が現れ、Sバーン(ドイツの近郊電車)の車両基地が見えてきました。ようやく、ベルリンの郊外にたどり着いた模様。
徐々に街並みが遠くに近くに見えてきます。
午前8時40分すぎ、Treptower Park駅で運転停車。
午前8時53分、ベルリン・リヒテンシュタイン駅に到着しました。リヒテンシュタイン駅はベルリン市街の東側にある駅で、以前は東欧へ行く列車の始発駅であったようですが、今はその役割をベルリン東駅などに譲って若干寂れた雰囲気になっています。通常、このStritz号もベルリン東駅(Berlin-Ost Bahnhof)発着なのですが、今日に限っては迂回運行の事情によるのか、リヒテンシュタイン駅が終着駅となっていました。
ホームの券売機で1日券(Tageskarte = day ticket)を買って乗り込みます。中心部を網羅するzone A/Bの1日券は7ユーロ。約1000円ですが片道切符もABゾーン内で2.8ユーロ(3駅以内は1.7ユーロ)なので、おおよそ3回乗るなら1日券が安いです。そして何より楽。Sバーン(近郊電車)、Uバーン(地下鉄)、バス、トラムなんでも乗れるので…
まずは、旧東ベルリンの繁華街、アレクサンダー広場へ。世界時計とテレビ塔という東ベルリンきっての名所の組み合わせ!かつて映画「グッバイ!レーニン」で見た世界時計。この世界時計は東ドイツ時代のランドマークの一つで、今もアレクサンデー広場のアイコンとして健在です。
テレビ塔に登って、ベルリンという街を眺めてみたいと思います。
ある方向を見るとこんな感じ。
もう一方を見るとこんな感じ。
かつて、ベルリンはみんなご存知の通り、資本主義国である西ドイツの施政下に置かれた西ベルリンと、共産主義国である東ドイツの首都、東ベルリンに別れていました。共産主義の画一的な建物群と、以前からのベルリンの街並みということなのでしょうか。ベルリンという街が持つ色々な表情を感じさせる風景です。
続いてはベルリンの壁を見に行きます。
あるところはアートギャラリーとして。このソ連・ブレジネフ書記長と、東ドイツ・ホーネッカー国家評議会議長の熱いキスの壁画は壁を象徴する壁画として有名です。
また、あるところはかつてのベルリンの壁や監視塔を忠実に保存する史跡として。それぞれ1989年まで続いた分断の歴史を後世に伝える記念碑として残されています。
一通りベルリンの散歩を始めたところで、再びUバーンに乗って市内中心部のGendarmenmarktへ。年末には大規模なクリスマスマーケットが開催されるこの広場に面した宿に今日は泊まります。
荷物を置いて着替えたら、夜はベルリンフィルハーモニーへ。
ベルリンといえば、ベルリンフィルハーモニー(Berliner Pholharmoniker)でしょう!ということで、日本にいるうちに切符を手配しておきました。

予約は簡単で、ベルリンフィルのサイトから予約して支払いを済ませるだけ。あとはエアメールでチケットが日本の住所に送られてきます。
開演前はロビーでみんな思い思いに過ごしています。よく、正装しないととか言われますが、今日の公演ではむしろ皆さん多少はちゃんとした格好はするものの、ジャケットありのスマートカジュアルって感じかな。
今日の公演は、43歳と比較的若手ながら、現在はパリ管弦楽団の音楽監督を務めているDaniel Hardingがベルリンフィルを指揮するプログラム。彼は軽井沢大賀ホールの芸術監督も務めているなど、日本ともゆかりがあるよう。
恥ずかしながら、クラシックの素養があるわけではないが、この場の雰囲気と、飽きさせない緩急ついたプログラムで、最後まで気持ちよく(&寝ないで…これ重要。今まで最後まで起きていたクラシックコンサートはなかった…)聴き入ることができました!
公演が終わると外は真っ暗。公演の間に飲んだシャンパンが程よく回っていい気持ち。
明日も、ベルリンを散歩します。
【今日の移動距離】790km(テレスポリから) 【累計】13,990km
